最後の議会。お世話になりました。

ホワイトデーの3月14日(木)。本日、任期最後の小樽市議会の定例会最終日でした。今定例会には迫市長の最初の新年度予算案や改正条例案が上程され、小樽市議会議員として最後の議決を致しました。

今定例会に上程された予算案や改正条例案については、下記に配布された資料とともにアップしています。

この投稿にもありますように、新年度予算は「みらいに向けた”備え・はぐくみ”予算」とされ、前回議会で議決した第7次小樽市総合計画基本構想のまちづくり6つのテーマに沿って編成されました。こちらは今後の小樽市が向かうまちづくりの基本方針となるもので、その向かう将来都市像は「自然と人が紡ぐ笑顔あふれるまち」となりました。

私が4年前の選挙戦で掲げ、今も自分のモットーとしている「笑顔」が盛り込まれており、まさに私が目指したいまちづくりの方向性と合致し、その理念に沿った新たな個別施策もあり賛同させて頂きました。また、昨年8月の選挙で応援させてもらった迫市長の思い「夢あふれる元気な小樽」が私の思いとも重なり、可決に賛成の判断を致しました。元気じゃないと笑顔になれません。健康でないと笑顔になれません。自分が笑顔でなければ他の人を笑顔で出来ませんからね。私が掲げたまちづくりの思いをご覧ください⇨笑顔あふれる元気なまちを

さて、今回のブログのタイトルに「最後の議会。お世話になりました」と書きましたが、本日の最終日を持って皆様にお伝えしたかった言葉であります。意味としては、2期8年のあんざい哲也という市議会議員を応援ご支持ご指導頂きました皆様に本当にありがとうございましたという感謝の意を込めてであります。そうしたかったのに、古巣のネット新聞にさっさと出てしまい、それによって各紙または個人のSNSでも取り上げられるとともに、噂のまち小樽らしくありもしないことも含めてどんどん広がって、意図せずに色々な方々に伝わり自分の言葉でちゃんと思いを伝えられずにいたことを後悔しています。

いずれにしましても後悔先に立たずでして、この任期最後の定例会最終日にあたってお伝えさせて頂きます。私が次期選挙に出馬しないと決めた理由と決心したことについては、やはり、無所属の一人会派の限界を感じたことと、私と理念を同じくする迫市長の誕生、この2つです。

一つ目の一人会派の限界についてですが、一期目の時は4人会派でした。二期目の選挙に向かう頃に、私を育ててくれた同じ会派の先輩議員が市立病院問題の結論を持って小樽市議会議員を引退することを決断(その後、党の関係もあり生まれ育った札幌で政治家としてさらに活躍されることになりましたが)。その後、もう一人が突如市長選に出馬し議員辞職。結果、今もまだ現職の中村岩雄議員と二人になりました。

その中で私よりは年上ですが特に観光協会の関係で一緒にまちづくりをしてきた高橋龍さんが維新の会で立候補することになり、当選したら一緒に頑張ろうと約束しました。4年前の市議会議員選挙で、もともと一緒だった議員もですが、高橋龍さんと私も当選することが出来ました。その結果からまず高橋龍さんと会派を作ることを約束していたので、それを進める中でもともと一期目に一緒だったもう一人の中村岩雄議員にも声をかけなんとか3人会派「新風小樽」を結成することが出来ました。会派制の小樽市議会においてやはり3人以上の会派は影響力を発揮できるので。

ただその後、高橋龍さんは国政政党の右往左往に巻き込まれ、維新の党から民進党、そして立憲民主党と立場を翻弄されました。ここで当時は私も会派の代表をしていましたから、高橋龍さんが国政政党がどうあれ同じ思いもあって会派を作ったので一緒に活動出来るように頑張れれば良かったのですが、民進党と合流という結果になりました。これは高橋龍さんも本当に熟慮されていたし、ただ単に私の政治的な判断と力不足であったことが一番不甲斐ないところと思います。

そうであってももともとの議員と2人会派は残せたので、質問時間は少ないものの本会議でも質問出来るし、予算特別委員会にも入ったり、オブザーブで議会運営委員会や議会改革検討会議にも入れたので、なんとかやりたいことやれることを出来る立場でした。しかし、そのもともと一緒の会派であった中村岩雄議員が、「市長と対抗する安斎さんといると自分の次の選挙が危うい」という理由で離れていきました。

当時は森井前市長でした。あまり状況を知らない市民からすこぶる人気があり、彼を批判するとたくさん誹謗中傷されるような状況でした。それでも私は、そもそもの議員スタンスとしてダメなものはダメ、良いものは良いという是々非々で臨むことを止めませんでした。会派を守りたいがために自分の主義主張は曲げられませんでした。各派から色々お誘いを頂きましたが、自分が2期市議会議員として当選させてもらった背景として政党所属ではない立場でものを言い活動することが根本にありましたから、中村岩雄議員が森井氏に対抗する私から離れて会派がなくなろうと他の会派に入るという選択肢はありませんでした。

しかし、実際に一人会派になると、1年間の本会議の質問時間はたった20分、そして予算を本格的に審議出来る予算特別委員会には出席すら出来ない状況でした。知ってはいたもののこれを2年近くさせられ、この間、一人会派の限界を感じつつ質問時間や他の手段でなんとか議員としての活動が出来るように要望したり提案をしましたが、それも叶わず、そして私が一期目からやりたかった議会改革の会議にすら出れず発言も制限されました。そのような状況下で、前述した通り、前市長の意味不明な理由による突如の辞職で市長選挙に突入しました。その結果、迫市長が誕生しました。

ここでもう二つ目の理由になるのですが、やはり同じ思いを持っていてくれた、そして応援した迫市長の誕生があんざい哲也という議員の存在を考える大きな判断材料にもなりました。議会と首長は二元代表制でお互いが牽制しあい、議会は首長や執行機関の市役所を監視する機能と首長が上程した予算や議案を議決する権限を持っています。その機関の構成員である議員が、応援した市長をちゃんと監視していけるのかという思いに至ったのです。与党野党の概念のないはずの二元代表制の地方議会であってもやはり応援したり支持しているのであれば与党となってしまう訳で、そんな立場でしかも質問時間も議会改革の会議にも参加出来ない一人会派の自分は、小樽市議会になんのためにいる存在なんだという考えに至りました。

この4月には統一地方選挙がありますが、会派制による制限しかなく出来ないことが多々ある自分が、市民の皆様に何を約束出来るのか、そして出来ないのを知りながら血税から報酬をもらっていいのかという考えが大きくなりました。だったら会派に入ればという声も多く頂きましたが、地方議員とりわけ小さなまちの市議会議員は国政政党に縛られず市民として市民の代表として是々非々で臨むという自分の中での確固たる地方議員像がありその妥協が出来ませんでした。所属する人が悪いとか党にいる人が地方議員をするなという話ではなく、自分がそういう主義主張で無所属として2期も議員をさせてもらっているという背景があるからです。

という訳で、私をこの8年間応援してくれた市民の皆様、そしてたくさん指導を頂いた先輩議員同期議員の皆様、議会事務局・市役所職員の皆様、最後にたくさん迷惑をかけた家族親戚に対し、26才から34才までの8年間、なかなか学べない経験出来ないことをさせて頂きましたこと、本当に感謝感謝しか言葉がありません。本当にお世話になりました。

そう言いつつもまだ任期は4月30日までありますし、迫市長の下での組織改革や人事異動などまだまだチェックし皆様に発信しなければいけないことがありますので、議会は最後でしたが、議員としてはもう少しお世話になりますので、温かい目で見守ってください。

最後に私を応援ご支持ご指導頂きました皆様にお願いがあります。私に頂きました分、次は、共に会派を作り今も一緒に議会やまちづくりを率先して行動する「高橋龍」、立憲民主党の推薦はあるものの無所属の立場でありそして小樽雪あかりの路の活動で朝から夜中まで頑張ってくれた「面野大輔」、そして今回新たに立候補を決意し僕が2期目で質問力が向上したと自負出来るほどその機会をくれた小樽青年会議所の先輩でもあり戦友の「髙木紀和」をぜひ応援して下さい。なお北海道議会議員選挙も同じくありますが、この間、本当に勉強させて頂きそして小樽のために道庁との間をつないで活動してくれた「佐藤禎洋」のこれからの活動をぜひ応援下さい。

2期8年本当にありがとうございました。

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Author: 安斎哲也

好きな言葉:為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり

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