高学歴でなくたって、高い志と思いがあれば①

令和元年の2019年は、統一地方選挙と参議院選挙が同時に行われる12年に一度の亥年となりました。この間、高学歴の国会議員に限って発言や行動が問題となり連日メディアで取り沙汰されるとともに、本年の参院選の投票率が48.80%と投票権のある国民の半分もその権利を行使しない状況となりました。

きっと、誰がやっても同じ自分の一票で何も変わらないでしょという思いがあったりするのもあるのでしょう。ただ一方でれいわ新選組やNHKから国民を守る党など国政で新たなムーブメントが巻き起こっているのも事実で、それはやはり国民一人一人の投票行為が積み重なった結果であります。

私は、2011年4月の統一地方選挙において、大学も出ていないし偏差値の高い高校にも行けない自分でしたが、地域で活動しその思いをぶつけた結果、26才で、小樽市議会議員に初当選しました。そして2期務め本年をもって引退をし政治活動を辞めました。この間、政治や選挙の話題には触れずにきましたが、ちょうど明日31日で引退して3カ月経ちますし、今回の低い投票率や議会の場を離れて思うこともありブログを再開することにしました。

11万の小さなまちの市議を2期務めたぐらいで何を偉そうにと御指摘頂くかもしれませんが、やっぱり、参政権が保障されている日本国民である以上、一度は行使しても良いのではないかなと思います。また、地方議員であれば結構な確率で誰でも当選のチャンスがあります。今日から自分自身の政治活動や選挙を振り返りながらブログを更新していきますので、次の選挙に挑戦する人が一人でも二人でも出てくれたらと思います。

血税からなるボーナス懐に居眠り議員を許せなかった。

まず、私が、市議会議員選挙に挑戦するに至った背景と思いです。中学校を卒業して小中育った小樽を離れ、小学校2年生の時に亡くなった父親の実家のある神奈川県に行き、お茶の水にある文化学院という学校に入学しました。この後はカナダのバンクーバーに留学させてもらい、20才の時に小樽に戻ってきました。当時はアルバイトをしてお金を貯めてもう一度バンクーバーに行ってワーキングホリデービザで経験を積みたいと考えていましたが、いまや小樽の冬の風物詩となっている「小樽雪あかりの路」というイベントに携わることになり、そこで小樽の地域ネット新聞を運営している方と知り合うきっかけを頂きました。

対して文章もかけないのでお断りしようと思っていましたが、小学校の頃に作文は書いただろうと言われ、とりあえずは地域に出て走り回りました。写真も撮ったこともないし、毎日毎日失敗の連続でしたが、何年か経験した時に、小樽市議会に取材に行ってこいと指示を受け行きました。

地方議会はたいてい年4回議会が開かれ、一回の議会はおよそ20日間でした。市議会の現場を何度か取材をさせてもらっている中、ある日、ボーナス支給日の本会議場で居眠りをしている議員が目に入りました。確かに1回目の本質門と本答弁はあらかじめ用意した原稿を棒読みで、しかも代表質問であれば40分間ずっと読み上げるような状況でした。どこのどの質問に対しての答弁なのかも分からず、取材する側も眠くなりうとうとしてしまうような感じでした。

民間の私においては、市民の血税をもらっていませんが、まあ会社側からは怒られくらいでしょうか。ただ、本会議にいる議員たちは、選挙に出て市民の血税から報酬や期末手当をもらっているわけで、そして一番の仕事でもある議場で居眠りをしていては問題だと何か正義感が沸きました。ましてや約100万円ものボーナス支給日でしたからなおさらでした。

そこで、そのコックリコックリ居眠りをする議員たちの写真を撮り、記事として掲載しました。反響は大きくありましたが、その写真をアップした議員の一人から呼び出しがかかり家に呼ばれました。すると、その議員は、寝ていない足が痛くてさすっていたと言い訳をされました。さすがに呆れてしまい、今度は、言い訳されぬよう、動かぬ証拠だと思い動画を撮ってYoutubeにアップしました。これを持って議員からの反論はなくなりましたが、それでも居眠りする議員がいたり、やはり議会の仕組みにも問題もあり原稿棒読みで低調な論戦が続いていました。

そのような状況を知り問題視をしてきた中、26歳になった翌年に市議会議員選挙が控えていることから市民の方々から選挙に出てはどうかという声を頂くようになりました。自分の中でまさか自分が出るという選択肢を考えてもいませんでしたし、選挙イコールお金がかかるという話も聞いていたので、自分の中では積極的に動こうとはしませんでした。ただ4月に向けて日が近づく中、2月頃になってご寄付を頂く場面や応援者支援者の方がどんどん増えてきて、当時は一世一代の挑戦だと覚悟し、立起を決意しました。

決意後はバタバタと準備が進み、選挙戦に突入しました。取材時もそうですが、小回りの良い自転車で行動していたこともあり、選挙中も自転車で街中を回らせて頂きました。準備頂いた方もいるので、1期目の選挙では選挙カーも走らせ、地元に事務所も設置し、いわゆる通常の選挙らしい選挙戦として戦い、多くの皆様のおかげで当選することが出来ました。当時自分自身が掲げた公約というか思いは、NHKから国民を守る党のようなone-issue(ワンイシュー)に近いものがありました。小樽市政においては財政難や人口減少、市立病院の統合新築、中心市街地の活性化など問題が山積していましたが、チェック機能である「小樽市議会の活性化」を論点とし、それが多くの市民の方から賛同を頂いた結果と考えます。

ただ、その選挙で戦うにあたり、政治活動用の立て看板や選挙カーの看板はじめ後援会パンフレット、事務所費などなど、公費として認められない費用が多くあり、約200万円ほどかかってしまいました。この時に感じたのは、お金をかけて選挙をすると、今度は、議員報酬や期末手当をそれに充てるようにしなければならず活動も制限されるのだと。このことから2期目の選挙ではお金をかけない選挙にすることを考えました。これについては、のちほど説明します。

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Author: 安斎哲也

好きな言葉:為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり

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