高学歴でなくたって、高い志と思いがあれば②

街角に立って顔と名前を売ってひたすら握手。

2011年4月の選挙に向けて、とりあえず行ったのは、毎日同じ時間同じ場所で街頭の辻立ちです。これはどの地域のどの政治家も行っていることと思いますが、私の場合は、朝の通勤通学時間においての街頭演説は避けました。朝の忙しい時に大きな音を出して自分の言いたいことを言っているだけでは逆効果だと考えたからです。自分が通行人であった場合におきかえてそう判断しました。誰もが自分を知り応援しているわけではありませんからね。

最初のうちは誰だあの若いのはという感じすらもなく、ほぼほぼ素通りされる状態でした。それはそうです。ただ若い兄ちゃんが交差点に立って手を振っているだけですからね。そこで次に行ったのは、自身の政治団体である後援会の資料を配布しました。受け取ってくれた方には握手を求めることを毎日続けました。また、政治団体を立ち上げると、立て看板を軒先に設置することが出来ますから、ひたすらその設置して頂いた軒先で辻立ちを行い、名前と顔を売りました。

選挙が近くなると、少しずつ知られるようになりました。そして選挙期間に入るとようやく名前入りのタスキをつけることが出来ますし、市内各所に選挙ポスターも貼れますので、あそこに立っていた兄ちゃんが安斎かと思ってもらえるようになりました。また、選挙事務所とする予定であった軒先で毎日辻立ちを続けてきたことから、どんどん応援してくれる人が増えました。クラクションの数が多くなったり、中にはわざわざ車から降りてきて話をしにきてくれたり、差し入れをくれる人も増えました。まさに継続は力なりで、選挙期間前から選挙中も同じ時間と場所で同じ活動を続けたことが、一期目の当選になったと考えます。

投票翌日から次の選挙が始まっている。

一期目の投開票は深夜まで続きました。当選が確定したのは確か夜中の1時が過ぎていたと記憶しています。私はそのまま事務所の整理や朝から挨拶周りするところを考え始めました。事務所近くには、漁業協同組合があったこともあり、こちらは朝が早いですし、そのセリ時間前にご挨拶に行き、その後近くの朝市にも行くということを日課としていたので、当選御礼をするためにその日課を続けました。また、選挙前に毎日行っていた街頭での辻立ちも、選挙後一週間続けました。良く言われることですが、投票翌日から次の選挙が始まっているからです。当選してバッジをつけてのらりくらり議員として活動し、いざ次の選挙の時に活動していては、4年間何をしてきたのと言われるだけですからね。

選挙後の当選御礼を含めた街頭活動を行いながら、すぐに当選証書授与式があったり、会派結成届など、議員活動が続々と入ってきました。私の場合は運が良く、当時2期目の当選を果たした年齢の近い議員さんがいて、その方から会派の誘いがあり、そして議員としてあるべき姿や臨む姿勢を教えてもらうことが出来ました。議員としてしっかり活動するためには、まずは当選することですが、当選したあと、どのような方とともに活動し学び、負託に応えていくのかの手法も明確に考えておくことが必要ですので、諸先輩はじめ仲間選びが重要だと感じました。また、高い志と思いがあれば高学歴でなくたって議員にはなれますが、その思いをどう具現化させるのか、それが一番必要なのですね。

議員になるが目的はダメ。若さとか女性だから何?

ちょっと話が逸れますが、選挙中に良く聞く候補者からのフレーズがあると思います。若さ、女性、若者目線、市民目線とかです。これも必要だし、その候補者の売り文句なのだと理解出来ますし、私も一期目は若さと行動力を掲げました。ただ、これらは、だから何なの?がつきまといます。今の自分も当時の自分に質問したいと思っているくらいですから。

若いから何?女性だから何?若者目線て何?市民目線て何?です。先ほども記載しましたが、いまだから分かるし、だからこそ伝え、このブログを読んでくれた方が考えた上で投票行為をしてくれたら良いと思います。また、だったら自分が参政権を行使し、自分が議員になってこうしてやるという考えになってくれる人がいたらなお最高です。若いけど〇〇だから、女性で〇〇だからと、だから何が必要と思います。また、若者目線は何か、全ての若者の目線になれるのか、市民目線は誰の事か(民主主義国家ですから市民と言っても全て同じ考えでないですからね)などの疑問に答えられるのかですね。「だから何なのか」を明確に説明し訴えられる考えと言葉があれば良いのかなと思いますね。

そして、目的と手段の問題です。議員になることを目的としてしまっては、議員になった時点で目的が達成されてしまい、ただ議員という役に優越に浸るだけになろうかと思います。先ほどのように、もしも、若い議員を誕生させることが目的なら、若い議員が当選したら目的達成。女性の議員を誕生させることが目的なら、それで達成となってしまうのです。若い議員や女性議員を誕生させて、何が出来るのか、何を成すために若い議員や女性議員が必要で、それが〇〇候補だと出来るんだという思考にならないと、結果的に議員の質や議会のレベルにつながっていくのだと考えます。

高学歴でなくたって高い志と思いがあれば議員になれると表題をつけてますが、それだけでも議員にはなれます。しかし、議員はあくまでも手段なのです。何を成すための手段としての議員であるという、目的と手段を明確に考えられているかが重要と思いますし、そうでなければなりません。

自分が100%良いということを声を大にして自慢のように言いたいのではありません。私としては、議会の活性化を目的に議員を目指したということを伝えたいのです。それが良いかどうかではなく、議員になりたいを目的に議員を目指す人の考えを変えたいし、手段として議員を目指す人を応援したいという考えなのです。

私の場合においては、前職の頃に外部のチェック機関として記事をアップしたり問題点を指摘しましたが、中々変えることは出来ませんでした。外部で変えれないならば、自ら中に入って議会を活性化させたいということで自ら選挙に出たわけでございます。

情報共有こそ市民と信頼関係を構築出来る。

議会の活性化を目的にしたからこそ、当選後は、ほぼ毎日の頻度でブログを更新しました。議会の活性化の目的を達成するために、まずは議員である自分自身が市民からの信頼と信用を勝ち取ってからでないと議会は開かれたものにならないという思いがありました。信頼と信用を勝ち取るためには、素直に情報発信(情報共有)だと思いました。各地域で話を聞いてみると、議員が何をしているのか分からないが圧倒的に多い声でしたから、特定の支持者や後援会の方など一部の人しかその議員が日々何をしているのか分からないという閉塞的なものでした。議会だよりや議事録の公開などオープン化されているのですが、そもそも興味がないということから、開かれている情報にも手を伸ばさない状況になっていたように感じました。

なので、まず私は、議員報酬の明細をアップすることから始まり、議会以外の活動もどんどんアップしていきました。これは次の選挙で当選するための手段としてではなく純粋に情報共有をすべきだという思いから取組みましたが、結果的に、二期目の当選時に評価を頂いたのがこの情報発信でありました。

当時はアメブロを使っていましたが、ちょうどフェイスブックが爆発的に普及したことを受け、一時はフェイスブックだけを利用するようになってしまいました。いいねやコメントが随時来たりと反応が目に見えてあったこともありましたから。ただ、フェイスブックだけだとアーカイブ性が弱く、フェイスブック利用者に対して一時的な情報発信に終わってしまうというデメリットがありました。若い方やインターネットを使う方だけが有権者であるならば良いのですが、やはりインターネットをしない方も市民としていらっしゃいますので、その方々に紙媒体でも通信を届けたいという思いから使い方を変えました。

ブログに詳細な情報をアップしてアーカイブ化し、SNSはその更新情報をお届けするポータル的な利用にしました。またツイッターやフェイスブック、ラインなど、無料で使える有名なSNSはほぼやってみました。そして、ブログの再活用によって日々の活動や自分自身の主義主張をアーカイブ化したからこそ、紙媒体の通信発行も容易に出来ました。日々ブログを更新しているので、紙媒体を発行するにあたって新たに内容を考える必要がなく、すでに情報発信している内容をコピペすることで紙面を埋めることが可能でした。アーカイブになっているので、手帳を見返して活動を思い出しながら活動報告をまとめるという労力も削ることになりました。ネットで発信して議員として仕事してるアピールは自己満足の何物でもないので、手に届けてこそ情報共有であり、その手段としては労力を削るところは削ることも必要なのだと思います。

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Author: 安斎哲也

好きな言葉:為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり

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